周りがうらやむほど仲睦まじい、年配のご夫婦がいました。
しかし、奥様が進行性の口腔がんであると判明。
診察した病院の担当医師は、ご夫婦を呼んでこう言いました。
「転移を防ぐためには、上顎と一緒に右の目を摘出した方がいいでしょう。」
にわかには理解しがたい、信じられないような宣告でした。
転移のリスクを承知のうえで右目を残すという選択肢もありましたが、
ご主人はどうしても奥様に長く生きてほしいと願い
、
医師から説明された通りの手術を受けるよう奥様に伝えました。
そして奥様は、ご主人の気持ちを汲み取って
この手術を受けようと決心したのです。
後日、手術は無事成功。
しばらくして奥様は退院しました。
ご主人は奥様が帰ってきたことを心から喜び、
夫婦の穏やかな毎日が戻ったかのようにみえました。
ところが、手術を終えた奥様は
想像もつかないほどの心痛にひとり堪えていたのです。
笑顔が可憐だった奥様のお顔は、
手術で摘出した右目の部分に穴が開いたままでした。
女性として、人として、これ以上つらいことがあるでしょうか。
目と歯と歯茎を失いながらも、
奥様はご主人のために明るく振る舞い続けます。
そんな時も、奥様の心には
癒されることのない哀しみが静かに宿っていました。